ざっくり言うと
- アンカリング効果とは、事前に提示された数字が、後の行動に影響を与える現象
- ギャンブル場には、多くのアンカー(錨:いかり)が仕込まれている
- ギャンブラーは、知らないうちにお金を使うように誘導されている
2019年4月~2020年3月の1年間で、イギリスのギャンブラーは、オンラインギャンブルで56.8億ポンド(8,066億円)を失っており、イギリスの宝くじを除くギャンブル消費の半分以上が既にオンラインによるものとなっています。
多くのギャンブラーにとって、この損失は彼らが意図していた、または失う余裕のあった金額よりも多い金額になったはずです。それを証明した面白い調査レポートが公開されていたのでご紹介です。
イギリスのGambleAwareの調査レポートによると、オンラインギャンブラーは、最初に入金限度額を設定する際、事前に設定された入金額のプルダウンメニューがなければ、自身の支出を最大46%まで減らせる可能性があると報告しています。
Applying behavioural insights to design better safer gambling tools
(より安全なギャンブルツールを設計するために行動インサイトを適用する)
◆実験の概要
一般に、イギリスのオンラインカジノでの入金限度額は、1,000ポンド(14万2,000円)や10,000ポンド(142万円)などのプルダウンメニューから選択して設定するようになっています。
ギャンブラーに異なる入金限度額の設定画面を表示し、設定された入金限度額とその後の入金額の違いを比較することで、その有効性を明らかにしています。
◆実験の結果
イギリス最大級のオンラインギャンブルオペレーターbet365の既存顧客45,000人を対象に入金限度額の設定画面を表示し、そのうちの4%が入金限度額を設定しました。
参加者には、以下の3つの画面のいずれかが無作為に表示されています。
A:従来のプルダウンメニュー(5 ~1,000ポンド、5,000ポンド、10,000ポンド、10万ポンド)
B:低い上限額250ポンド(3万5,500円)を提示したプルダウンメニュー
C:テキストボックス(入力の上限は10万ポンド)
設定された入金限度額は、従来のプルダウンメニューが1,601.06ポンドに対して、低い上限額を提示したプルダウンメニューが866.50ポンド、テキストボックスが866.55ポンドと、半減しています。
250ポンドの低い上限額を提示した場合、その金額に引きずられて入金限度額が下がり、テキストボックスの場合、高額なプルダウンメニューに誘導されなかったことが原因だと考えられます。
出典:GambleAware
そして、30 日間で実際に入金された金額も、従来のプルダウンメニュー445.96ポンドに対して、低い上限額を提示したプルダウンメニューが426.37ポンド(4.4%減)、テキストボックスが360.78ポンド(18%減)となっています。
入金限度額の設定画面をテキストボックスに変更する効果は、入金額が月85ポンド(約12,000円)減少し、年間では約1,020ポンド(144,000円)減少することになります。
出典:GambleAware
◆なぜそうなるのか?
この現象は、アメリカの行動経済学者で2002年にノーベル経済学賞を受賞したダニエル・カーネマンとエイモス・トヴェルトスキーが提唱したアンカリング効果(Anchoring effect)で説明できます。
アンカリング効果とは、事前に提示された意味のない数字が、文字通りアンカー(錨:いかり)となって、後の行動に影響を与える現象のことです。
理解を深めるために、カーネマンらが行った有名な実験があります。
「65」という任意の数字が与えられたグループと、「10」という任意の数字が与えられたグループのそれぞれに、「国連加盟国に所属している国の中でアフリカ大陸にある国家の占める割合は、この数字よりも大きいですか?小さいですか?」という質問をしました。
「65」の数字が与えられたグループの中央値は45%、「10」の数字が与えられたグループの中央値は25%となり、それぞれの回答は大きく異なる結果となっています。
つまり、アフリカ大陸にある国家の国連加盟国数が、それぞれのグループにおいて、事前に与えられた何の意味もない「65」「10」に近い値になったということです。
何が起こっているかというと、「65」の数字が与えられたグループは、65%よりも大きいか小さいかという判断を、「10」の数字が与えられたグループは10%よりも大きいか小さいかという判断を行った結果だと考えられています。
このことから、人間は、事前に提示された数字によって、簡単にコントロールされてしまうことが明らかになっています。
◆さいごに
現在、イギリスでは約40万人(16歳以上の成人34万人、11~16歳の若年成人5万5,000人)が問題のあるギャンブラー、さらに約175万人が低~中程度のギャンブル依存症を経験していると考えられています。
GambleAwareの行動インサイト研究チームは、預金限度額の設定において、プルダウンメニューから高額の表示を削除する、もしくは、テキストボックスに置き換えれば、過度なギャンブルを防止する効果が期待できると主張しています。
この調査は、問題のあるギャンブラーを減らすことを目的に行われたものですが、逆に見れば、いかにギャンブラーからお金を巻き上げるかを示した指南書にもなります。
周りを見渡してみれば、「この売り場から1億円が出ました」「今月の出玉数ランキング」などのわかりやすいものから、知らないうちに潜在意識に呼びかけるものまで、ギャンブル場には多くのアンカー(錨:いかり)が仕込まれています。
ご注意を!